スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さびしいカシの木

一昨日、埼玉県が運営している「アーティストボランティアコンサート」に出演し、そこでフルートやピッコロを吹いたり、歌のピアノ伴奏をしたりしてきました。

2011.11.27-1
会場は、さいたま市内にある老人福祉施設。

前半はモーツァルトのデュオやゴセックの「ガボット」等演奏し、後半はソプラノ独唱。木下牧子さん作曲の日本歌曲数曲を演奏しましたが、その中に「さびしいカシの木」という曲がありました。




さびしいカシの木

作詞はアンパンマンの原作者:やなせたかし氏。

山の上の一本の さびしいさびしいカシの木が
遠くの国へ行きたいと 空ゆく雲に頼んだが
雲は流れて 消えてしまった

山の上の一本の さびしいさびしいカシの木が
私と一緒に暮らしてと 優しい風に頼んだが
風は何処かへ 消えてしまった

山の上の一本の さびしいさびしいカシの木は
今ではとても年をとり ほほえみながら立っている
さびしいことに 慣れてしまった

この曲を紹介しながら、「あれ、こういう老人ホームで、こんな歌演奏していいのかな?」と最初はふとそう思ってしまった。
誰にも相手にされなくなって、孤独に慣れちゃう心境を表した曲だしィ…。

だがしかし、実際この曲を弾いているうちに「いや違うな」と思えてきた。

詩の解釈の仕方は人それぞれではあるが、ある意味、この1本の樫の木は誰よりも長生きしている証拠ではないか。昔、95歳まで長生きした祖母が「長生きすると周りが皆死んじゃって寂しい」って言ってたのを思い出すが、元気で長生きするに越した事はないではないか。

それに、聴く人の心境に丁度共感してグサッと突き刺さるような歌は、仮にそれが悲しい心境であったにしても、あながち敬遠される訳でもないと思う。いやむしろ、現在はその方がより受け入れられる傾向さえある。

それよりも何よりもこの曲、音楽がとにかく美しい!(百聞は一聴にしかず、音楽はこちら
実際、演奏が終わったら沢山の拍手を頂戴して、自分もとても嬉しかった。

最後は会場の皆さんと一緒に坂本九チャンの「見上げてごらん夜の星を」と「ふるさと」の2曲を歌唱。
特に前者は今年は特に感慨深い曲だ。弾きながら、今年の夏「ゆもいずみ」で東北を巡った時の、いろいろな光景が思い出されて、思わず目頭が熱くなってしまった。



さて、今度は逆の事を書きます。
今年は津波を連想させる曲は敬遠されたそうですね。
「TUNAMI」や「崖の上のポニョ」等。無理もないと思います。
先日、ドビュッシーの連作交響詩「海」の本番がありましたが、第3曲「風と海の対話」では、本当に荒れ狂う波を連想させられる部分があり、演奏しながらちょっと恐ろしさを感じました。
自分は津波は体験していませんが、仮に実際に体験した人がこれを聴いたら、辛いだろうなあと思いました。


事が「連想」ともなると、やはり話は別なのでしょう。
スポンサーサイト

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : アーティストボランティア 木下牧子 さびしいカシの木 やなせたかし ドビュッシー 連作交響詩「海」

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yumochan(ゆもとようじ)

Author:Yumochan(ゆもとようじ)
本名:湯本洋司
フルート&ピッコロ奏者。アレンジャー。
(属)芸大フィルハーモニア/アマデウス・クィンテット/ムラマツフルートレッスンセンター講師

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Thank You for Visit
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。