スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

父の葬儀

今日は父の告別式から丁度5年たった日です。
母も亡くしている自分は喪主を務めねばならず、悲しんでいる暇などない位、いろいろと大変でした。

でもこの時の葬儀は、不思議な感情が交錯する式でした。
つまり、肉親を失った悲しみと、喪主を務める緊張感と、もうひとつ、何故か「可笑しい」という感覚。どうしてかって?
(以降ちょっと失礼な表現があると思いますが、何卒お許しを)




2011.8.18-1

2006年8月17日。
既に通夜を終え、この夜は祭壇の前に伯父伯母が集まり、夜更けまで父の思い出話を淡々と語っていたものだった。自分もかしこまって聞いていた。
父について初めて聞く話もあり、何だかしみじみとしたひとときであった。

明日はいよいよ告別式。接待、謝辞、出棺、火葬、その他諸々の行事を喪主としてきちんと努められるかどうか、目の前の遺影が「ヨッジ、しっかりやれよ」と言っているようで、緊張して睡眠も浅かった記憶がある。

翌日。
我家の菩提寺は臨済宗妙心寺派に属するお寺だが、そこでいつもお世話になっている方丈様(和尚さん)が間もなく到着。とても気さくな方である。早速ご挨拶をして控室にご案内。

間もなく葬儀が始まり、導師(方丈様)入場。お鈴を「チーン、チーン…」と鳴らしながら。その格好は…
こういう宗派だからなのか、凄く派手だ。よく解らないが。
不思議な形をした帽子、明るい色彩の袈裟、アラジンが履くような先っぽが上に尖ってる靴。
お鈴、経典を携え、小脇にシンバルのような物を挟んでいる。

昨日のお通夜もなかなか凄い衣装であったが、今日はそれを上回っている。おそらく告別式用であろう。

お経、続いてお焼香が始まった。そして…

参列者全員の焼香が終わったあたりから、読経の声が次第に大きくなってきた。「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若羅蜜多時 照見五薀皆空 度一切苦厄…」

そのうち、おもむろにあのシンバルを取り出す。西洋音楽のあのシンバルではないので「パシーン!」「シャン!」とかいう音ではなく、「ワランワラン…」と鈍い音がする。
さて導師、そのシンバルをこすり合わせながら、更に読経はエスカレート。

「舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」ワランワラン「受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相」ワランワラン「不生不滅 不垢不浄」ワランワララン「不増不減 是故空中」ワランワラワラン「無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意」ワラワランワララン「無色声香味触法 無眼界乃至無意識界」ワラワラワラワラランワラン…。

本当に申し訳ないが、何だか滑稽に思えてきた。でも笑ってはいけない。厳格な儀式である。

そしてこの”弾き語り”がクライマックスに達したその時、導師はシンバルを奏するのを止め、二言三言何か唱えたと思ったら、いきなり祭壇が吹き飛ぶかのようなフォルティッシモで一声、

「かーつ!」(喝)

もー、すごくビックリした。

実はこの方丈様には更に9年前の母の葬儀の時にも来て頂いているので、これが初めてではなかったのだが、母の時は本当に悲しかったせいか、あまりこの事は覚えていなかった。
そういえばアラジンみたいな靴だったな、シンバルがあったな、「喝」って叫んでたなと、後になって思い出した次第である。
それにしても遺体に向かって喝を入れるとは…興味深い宗派だなと思う。

それはともかく、この後一連の行事を終え、父は荼毘に付された。

勿論悲しみに暮れる一日でもあったが、お骨を抱えて自宅に戻るマイクロバスの中は、緊張の糸が解れたような空気であった。
その車内で、12歳の甥っ子が一言「かーつ」、これを機に遺族一同一気に盛り上がる。「こう言っちゃいけないんだけど、やっぱり面白かったね」…父の遺影も自分達の話に共感して笑っているようだった。



告別式では祭壇の前でフルートの演奏もしました。父が最高に好きだった、グリークの「ソルヴェイグの歌」。
変な話ですが、死ぬ時に医学的に耳は一番最後まで機能しているそうです。もしかしたら遥か彼方で、本当に父は聴いてくれたかも知れません。
2011.8.18-2


この日、家族や妹家族、親戚の皆様、そして参列者の皆様の協力によって、無事に葬儀を終えられた事を感謝しております。
(注:本文中のお経は般若心経の一部ですが、実際にそう唱えていたわけではありません。念のため。)
スポンサーサイト

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

tag : 葬儀 通夜 告別式 臨済宗 妙心寺派 摩訶般若波羅蜜多心経 般若心経 グリーク ソルヴェイグの歌

コメントの投稿

非公開コメント

喝~

こんにちは。アトリエ珠 廣田です。

「おんなじ~!」
っと思わずコメントさせていただいております。
私も祖母の葬儀が臨済宗妙心寺派のお寺でした。
それまでの私の「葬儀=しんみり」という固定概念を覆す装束、鳴り物の賑やかさにまず驚き、
そして、そして、最後の 「か~つ
に大変驚きました。
と同時に
和尚に惚れました。
かっこよかったのです、その一声が。

母に「あの喝はなんぞや?」と尋ねましたら、
喝の瞬間に亡くなった人の魂が現世からあの世へと旅立つらしい、とのこと。
母もよく知らないので、あくまで、「らしい」と付けておりました。
でも、そうか、だから和尚さんはちゃんと祖母をあの世へ送ってあげるために気合を入れて喝と言ったんだな、と納得しました。
ありがとう、和尚さんって気持ちになりました。
そしてこの宗派の葬儀スタイルが好きになりましたよ。

湯本さんのお父様はさらに息子さんの奏でられるフルートで送られたのですから
最高にいいお見送りとなられましたね。
きっと、今でも何か造りながら、にこにこと湯本さんのご家族を見守っておられることでしょう。

とても長文となってしまいました。
ついつい・・・どうぞ、返信のお気づかいなく
プロフィール

Yumochan(ゆもとようじ)

Author:Yumochan(ゆもとようじ)
本名:湯本洋司
フルート&ピッコロ奏者。アレンジャー。
(属)芸大フィルハーモニア/アマデウス・クィンテット/ムラマツフルートレッスンセンター講師

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Thank You for Visit
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。